“死の鉄道”と呼ばれた泰緬鉄道の難所『ヘルファイアー・パス(HELLFIRE PASS)博物館』in カンチャナブリー

サワッディーカァー(^人^)

カンチャナブリー旅行記第4弾はヘルファイアー・パスについて。

前回のカンチャナブリー旅行ではコロナで閉まってて見れなかった場所。

今回ウド男さんがリベンジで行きたいと言うので2年越しに行ってきました!

ゆっくり見て回る時間はなかったのでウォーク1(所要時間往復で40〜50分)、ウォーク2(往復3時間)と分かれてる道のウォーク1だけを見てきました。

日本人としてここに足を踏み入れるのはちょっと勇気が入るけど、カンチャナブリーに来たなら訪れておく意義があるように思います。

宿泊先は第二次世界大戦中にイギリス人捕虜のキャンプ場となっていたこちらの宿がオススメです!(私たちは雨季に行って雨続きだったので乾季がオススメ)

バンコク市内からレンタカーを利用して雨季の初カンチャナブリ旅へ!【レンタカー・宿泊編】

ヘルファイアー・パス記念館

第二次世界大戦中に旧日本軍が物資を運ぶために必要としたビルマとタイを結ぶ泰緬鉄道(415キロメートル)の建設。ここで働くことを余儀なくされた連合国側の捕虜やアジア人労働者を追悼するために、オーストラリア人の元捕虜モリス氏とオーストラリア政府によって作られた記念館です。

この鉄道を建設するために6万人以上の連合国軍捕虜(イギリス人、オーストラリア人、オランダ人、アメリカ人)と25万人超のアジア人労働者が働いていて、連合国軍捕虜だけでも約12,500人(20%)の命が犠牲になったそう。

入館料は無料で誰でも入れます。

ヘルファイアー・パス(ウォーク1)

中に入るとタイ人女性スタッフが最初に案内してくれました。

日本人と分かると日本語のパンフレットも渡してくれましたよ。日本人も多く訪れてるんでしょうか。

記念館の受付からすぐの展望台からの見晴らし。奥の方にウォーク2かな?ヘルファイアーパスの一部が見えます。このジャングルの中、鉄道を走らせるべく建設に関わった沢山あるの命が失われてしまったんですね・・

エアコンの効いた館内には当時の写真やビデオ、証言などが展示された部屋があって見て回ることができますが、ウド助が一人でウロウロと動き回っていたこともありゆっくり見られず。汗

キャッキャッと騒いで居られる場所じゃない(しかも日本人)のでパーっと見て足早に退散。次の場所へと進みました。

音声ガイド付きのオーディオセットは日本語が無かったのでウド男氏だけ受け取り、運転免許証を預けました。

そこで販売してた水とオーストラリアのお菓子?名前忘れたけど美味しかったチョコウエハースを買って挑みました。在住者なのか観光客なのか分からないけどファラングループも現地ガイド付きで参加してたり個人で来てる人も結構見かけました。あとはタイ人。この時日本人は他に見かけなかったです。

ヘルファイアーパスまでは階段を降りてボードウォークを歩いて進んでいきます。この辺りは歩きやすいよう綺麗に道が整備されてました。

その先には砂利道の遊歩道が続きます。ここは見晴らしも良く歩いてて気持ち良かったな。

そして到着したのがここ。ヘルファイアーパスの入り口。

元々は道がなかったところに鉄道レールを敷くために岩や土をシャベルや鍬、つるやしなど原始的手法で岩を切り崩したり、工具を使って爆弾用の穴を掘ったりしてたというから驚き。

ほぼ手作業で長時間働かされていたという連合国側の捕虜や労働者たちが居たんですね。

たいまつに照らされ夜通し働く痩せ衰えた捕虜や労働者たちの姿が”地獄の光景”に見えたことから「ヘルファイアーパス」と付けられたんだそう。

入り口には一部当時の線路と枕木が姿を見せてました。

ここで犠牲となった方の家族でしょうか?線路と枕木サイドの岩壁には国旗や写真が残されてました。

鉄道建設で働いていた戦争捕虜6万人のうち1万2千人ほど(20%)と7万人〜9万人のアジア人労働者が亡くなったと考えられているというからその過酷さが想像できますね。。

死亡率が高かった理由としては暑さと食糧不足、不十分な医療施設に加えて日本軍による容赦ない扱い。飢餓による病気や酷い生活環境の中、マラリアや赤痢、コレラや熱帯腫瘍などの病気に罹ったとガイドブックに書かれてました。雨季で降り続く雨の中でも建設作業は勧められたそう。車などもなく移動手段も徒歩で往復してたとか・・

アジア人労働者の扱いは戦争捕虜より酷かったそうです。

うーん、説明読んでるとこちらも胸が詰まる思い。もちろん連合国側から見た惨状ではあるけど旧日本軍がしたことも事実消えないし・・どちらが悪いとかじゃなく(こちらも犠牲者がいるわけで)戦争自体が悪なんよな、と思う。

今後繰り返さないことが大事ですよね。

この先にある記念碑まで到着。オーストラリア、オランダ、タイ、イギリス、アメリカの国旗が並んでます。

ここまで485メートル。この先もまだまだ続くけど私たちはここまでとしました。

記念碑近く、岩壁に埋め込まれたプレートを前にして何やらピンマイクで話してるファラン男性。この地で起きた当時の悲惨な出来事について記録を残してたのか、YouTubeに上げるとか?

この断崖の両サイドが上がれるようになってて、帰りは行き来た道とは違う方法で・・ということで登り始めたらまさかの階段エンドレス。。。(写真は登った先から見下ろした図)

ウド男さんは先へと行っちゃうけどウド助は「抱っこぉ〜」とか言い出すし「えっ、無理〜」ってなってたけど、必殺、出発前に買っておいた美味しいウエハースをダシにしたら急にやる気出してどんどこ階段を登り始めた。

お菓子の威力って凄まじいwww

反対側はヘルファイアーパスが見渡せる展望台になってたみたい。

ってことで私が一番死んでましたが何とか登り終えて記念館まで戻ってきました(汗だく)

所要時間はゆっくり見て回って約1時間でした。

まとめ

今回リベンジでここに来ることができて良かったです。

正直日本人としては居心地が悪かったけど、個人的には実際に来て見て知って感じられたことが重要やったかなと。

クウェー川鉄橋も見応えあるし「列車が来た〜」と楽しい気持ちにさえなるけど、そことはまた違う空気や連合国軍側から見た当時の歴史に触れることができる貴重な場所だと思います。

カンチャナブリに来た方は是非こちらも訪れて欲しいですね(´ω`)

ここに来るときはスニーカーがオススメです!

施設詳細

場所:Google map

営業時間:9:00〜16:00(毎日)

入館料:無料

駐車場・トイレ:有り

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